2020年7月5日の共通のお知らせ

年間第14主日 共通のお知らせ 2020 年7月5日 大和高田教会 *7 月 12 日(日)10 時から大聖堂で小教区評議会を開きます。 役員、各地区長、各部長は参加をお願いいたします。 *6 月から段階的にミサ再開をしています。マスクの着用・2 メートルの間隔を保つ・手指の消 毒・ 3 密の回避。 これらを確実に守るために種々準備をしてきました。 当面、ミサの参加は高田教会所属信徒(地区別等制限)と求道者のみといたします。 主日のミサは、10 時開場 10 時半ミサ開始です。 第 1 主日(7/5)(8/2)は A 地区+ベトナムコミュニティ+求道者。 第 2 主日はミサはありません。(来週 7 月 12 日㈰のミサはありません。) 第 3 主日(7/19)(8/16)は B 地区+求道者。 第 4 主日(7/26)(8/23)は C 地区+求道者。 ※ご事情により指定された日にミサに与れない方は、遠慮なく役員、地区長にご相談くださ い。柔軟に対応いたします。また、他の教会のミサが時間的に都合がよいという方はその 教会の主任司祭に前もって許可をお取りになることをお勧めします。 ※平日のミサは木曜日のみです。(土曜のミサはありません。) 10 時 10 分開場、10 時半ミサ開始。全地区高田教会信徒+求道者で 33 名迄。 ・靴底消毒、検温、体調管理表記入等をお願いします。 ・飛沫感染防止のため聖歌は歌いません。信者同士の会話も控えて下さい。 ・参加に不安のある方はお休みいただき、ご自宅でお祈りください。 主日のミサ参加義務は免除されています。 ・地域で感染者が発生した場合は突然、ミサが中止になる場合があります。 ・ミサ時間以外は引き続き、教会を閉鎖しています。 以上、皆さんのご理解、ご協力をお願いいたします。 まだまだ、新型コロナウイルスは予断を許さない状況です。皆様も決して気を緩める ことなく、お過ごしください。 お問い合わせは大和高田教会(0745-52-2415)へ。

 

一日も早く今般の事態が終息するように、病床にある人たちにいやしを、医療関係者に守りがある ように、経済の悪化でいのちの危機に直面する人たちに助けがあるように、政治のリーダーたちが いのちを守るための正しい判断をすることが出来るよう祈りましょう。 (5/13 ロザリオの夕べ 菊池大司教の言葉より)

 

 

年間第14主日 マタイ11章25~30 くびきでイエスと合体する

  マタイの10章で、イエスは十二人の弟子たちを宣教に派遣されます。先週、先々週の福音は 派遣にあたって弟子たちに語られた内容でした。同じ内容のルカの福音では、弟子たちは喜ん で帰って来たということですが、信じない人々も大勢いたようです。 それでイエスは「これらのことを知恵あるものや賢い者には隠して、幼子のような者にお示 しになりました」と言われます。「これらのこと」とは神の福音でした。イエスが宣教を始められ たとき、集まってきた群集には貧しい人々や無学な人々が多く含まれていました。彼らは、当時 の神の教えでは律法からは遠い人々であると考えられていました。彼らは、イエスのみことば を聞いて、「これこそわたしたちに語られた言葉だ!」と喜んで聞いたのではないでしょうか。

  今日の福音の後半は「くびき」の話です。イエスは、「休ませてあげよう」と言いながら、「わ たしのくびきを負いなさい」と命じられます。「くびき」は牛や馬が荷車を曳くときに首にかけら れる首かせなので、ふつうはいい意味には用いられません。何かにしばられる、苦しみを負わ されるようなたとえに使われます。ではイエスはなぜそのような表現をされたのでしょうか。 それには「くびき」の役目を考える必要があります。

  「くびき」は二頭の牛や馬をしっかりと固定します。いわば合体させるわけです。二頭は必ず しも同じパワーを持っているわけではありません。たとえば荷車を二頭それぞれにロープで曳 かせると、弱い方はゆっくりしか歩けないので荷車が当たってしまいます。それで二頭を合体 させると、なんと、強い方の力が弱い方を助けるのだそうです。そのためにしっかり結ぶ必要 があるのです。

  イエスが「わたしのくびきを負いなさい」と言われたのは、さらに重荷を負わせようというの ではなくて、「あなたの重荷を一緒に負いましょう」という意味だったのです。

  わたしたちは重荷を負って人生を歩んでいます。病気や悩み、さまざまな負担、新型コ ロナウイルスに対する恐れや不安もあるでしょう。けれども、生きている限り、重荷をおろすこ とはできません。では、どうすればよいのでしょうか。その答えがイエスの言葉にあります。イ エスのくびきを負う、つまり、イエスとともに歩むことです。

  負っている重荷が重ければ重いほど、イエスの力は大きく働きます。「幼子のような者」つま り貧しい人々や苦しみを負っている人々がイエスの言葉を求めて集まって来たことがそのし るしです。また、人との出会いのなかで受ける喜び、励ましも重荷を負いきる助けとなります。

  先週の福音に「この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人」とあるのはそ のような人のことを表しているのでしょう。重荷を負いながらも人に喜びを与えることを通し て、イエスの仕事を手伝うことができるのです。 (柳本神父)

 

 

 

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